2025.08.17
【財団法人・学校法人のための資産運用入門(8)】債券運用からポートフォリオ運用への移行における「債券」の扱いについて
学校法人・公益法人の資産運用入門梅本 亜南
0. はじめに
弊社のアドバイスケースにおいてよくある形として、これまで個別の円建て債券に投資してきた法人が、満期償還の都度、その元本を用いてETFで株式・REIT・債券へ分散するポートフォリオ運用へ段階的に移行するケースがあります。
弊社では、この移行をご提案する際、償還元本で新たに取得する債券ETFの額は可能な限り小さくすることを基本方針としています。
その理由は、法人全体の運用資産に占める債券比率を見れば、すでに保有している個別債券(とくに円建て)が一定量あるため、追加で債券ETFを上乗せする必要がない場合が大半だからです。言い換えれば、ポートフォリオの「債券」の役割は、新規の債券ETFではなく既存の個別債券で代替できます。
ましてや、物価上昇が常態化しつつある現在の環境では、インフレ耐性に乏しい債券を新規で過度に取得することは避けるのが妥当です。
以下では、こうした前提のもとでなぜ償還元本による債券ETFの新規取得を抑制するご提案を行っているのかをご説明してまいります。
1. なぜ債券比率を下げるのか
なぜ、われわれは新規での債券ETF取得を抑えるご提案をしているのでしょうか。その理由は、債券一般が「インフレ耐性に乏しい」ことと「金利リスクを内包する」ことにあります。運用資産に占める債券比率を過度に高めると、法人の将来的な資産価値を毀損するおそれがあると考えています。
1.1. インフレ耐性の乏しさ
総務省によれば、2025年6月の国内消費者物価(生鮮食品を除く総合、以下「コアCPI」)は前年比3.3%上昇し、昨年12月から7か月連続で前年比3%台の伸びとなりました。
一方、直近(2025年8月14日時点)の日本国債金利は、1年債:0.656%、5年債:1.1%、10年債:1.547%、20年債:2.55%、30年債:3.093%、40年債:3.3%です。
これらをコアCPIと比較すると、実質金利(名目金利-物価上昇率)は40年債でようやく0%、それより短い年限はマイナスであることが分かります。前提として物価上昇率が一定という仮定は置いていますが、物価上昇が定着する一方で金利が物価上昇率に届きにくい状況が続く限り、多くの年限で実質金利がマイナスにとどまるリスクは高いと考えます。
また、インフレ局面では、名目額が同じでも購買力は低下します。たとえば現在価値での1億円と、20年後に償還される1億円は、名目金額が一致していても使用価値(購買力)が同じではありません。
以上のとおり、債券は物価上昇局面において構造的に不利となりやすく、ポートフォリオ全体の実質リターンを押し下げる可能性があります。したがって、新規の債券取得は抑制し、既存の個別債券で債券の役割を賄いつつ、償還元本は実質リターンの確保に資する資産へ可能な限り配分することが妥当と考えています。
1.2. 金利リスク
さらに、債券は金利の動向により価格や利子収入が変動するため、金融政策や財政運営といった政策要因の影響を強く受けやすい資産です。
金利は、中央銀行の政策運営(政策金利の引上げ・引下げ、長短金利操作の見直し、資金供給・吸収の転換等)、政府の国債発行計画や入札動向、規制・会計基準の改定、インフレ期待の変化など、投資家のコントロール外の要因で大きく動きます。
安全資産として捉えられる債券も、償還までの間の時価変動や、償還を迎えた際の金利環境の影響を大きく受けるのです。
加えて、ドローダウンからの回復期間という観点でも留意が要ります。一般的に、債券が金利上昇によって価格げらくを起こすと、その下落から回復するまでの期間は株式や不動産などのリスク性資産よりも長くなることが、これまでのデータからも言われています。
このことから、債券比率を不必要に大きくすると、結果として、名目の価格変動は抑えられていても、実質価値の回復に時間がかかるという別のリスクを抱え込みやすくなります。
以上を踏まえると、満期償還資金の再投資に際しては、債券比率の過度な拡大を避け、実質リターン確保と回復力の両面から資産配分を検討することが妥当と考えます。
2. 最後に
ここまで見てきた理由から、弊社では、債券運用からポートフォリオ運用への移行に際して、新規で債券ETFを取得することを抑え、お持ちの個別債券で代用することを推奨しています。
債券は、発行体に信用上の問題が生じない限り、利回りや元本償還のキャッシュフローがあらかじめ見通しやすく、資金繰りや価格変動管理の面で一定の利点があります。
とはいえ、必要以上に債券比率を高めることは、前述のとおりインフレや金利変動に起因する課題を法人資産にもたらすおそれがある点を、十分に認識しておくべきです。