2024.07.13
【財団法人・学校法人のための資産運用入門(1)】金利と物価上昇のある世界における債券運用
基礎シリーズ学校法人・公益法人の資産運用入門梅本 亜南
ここ数カ月で複数回、国内債券の現状や今後について公益法人の方々とやり取りをする場に立ち会わせていただく機会がありました。
ある法人では、これまでの低金利環境で国内債券運用をやりくりしてきた結果、お持ちの債券のラインナップが年限のかなり長いもの、あるいは永久劣後債などの信用リスクの高いものばかりになってしまっていました。
また別の法人では、お持ちの国内債券の評価額が下落する中で、役員の方から懸念の声があがっているようでした。
それとは逆に、国内金利が以前よりも上昇した今、国内債券の投資対象としてのうま味が出てきたと考える法人もいらっしゃいました。
弊社では、これまで多くの公益法人にとって一般的だった個別の国内債券を中心に保有する運用スタイルは、特に昨今、主に2つの理由から、法人の資産運用、ひいては事業運営の持続性を損ねうるものになっていると考えています。
国内債券運用が事業運営の持続性を損ねうる2つの理由
- 国内の金利が上昇局面にある今、今後しばらく国内債券の価格は下落する可能性が高く、運用資金の機動的な活用が妨げられる可能性がある
- 物価が上昇する世界においては、債券からの利子収入と償還による額面分の償還だけでは、中長期的には法人が運営する事業、あるいはその規模の維持が困難になる可能性がある
弊社では、これまでもずっと、また上記のような昨今の経済的な環境等も考慮したうえで、公益法人の皆様には個別銘柄での債券運用ではなく、資産をより幅広く(株式・不動産・債券)分散するポートフォリオ運用を推奨しています。
そして、場合によっては、個別の国内債券を一部売却し、株式や不動産にも資金を分散する運用に切り替えることも検討していただいています。そうすることによって、公益法人は中長期的な観点からより安定的に資産運用を、ひいては事業運営の維持・拡大を達成することができると考えているのです。
過去数十年にわたって続いた「モノの値段が変わらない世界」が終わり、物価上昇が継続する世の中になったとしても、資産分散型のポートフォリオ運用は、持続可能な法人・事業の運営に資する資産運用の手段だと考え、アドバイスをおこなっています。
法人の役職員の方々が直面している実際問題として
とはいえ、いくら合理的な観点から公益法人の理想的な資産運用を語られたとしても、実際に法人運営の現実に日々向き合われている法人役員・職員の皆様のお立場からすれば、「そんなことはわかっているが、実際に動かそうとなると・・・・」ということも多いはずです。
そこでここからは、我々の業務の中で法人の皆様からよく聞かれるもう少し具体的な声を3つご紹介します。併せて、そのような声を少し整理した上で、法人の皆様がよりよい方向へ進めるような考え方の道筋をご提示できればと考えております。
法人の皆様からよく聞かれる声
「これまで問題なく満期保有で債券運用を基本としてきた中で、敢えて方針転換を行う必要があるのか」
役員メンバー、あるいは職員の中でも、債券運用に問題があることが共通認識でない場合、方針転換を目指す役職員には、①債券運用の問題点、②ポートフォリオ運用の有用性の2点について納得してもらうよう、他の役職員に働きかける必要が出てきます。これは非常に腰の重い、あるいは骨の折れるプロセスですし、話の進み方によっては発起人となった人たちの組織内での立場がネガティブに変化してしまうケースも稀にあります。
ただ、最終的にこの点については、短期的に負うことになる「方針転換のコスト」と、長期的に支払うことになる可能性のある「経済的コスト」を天秤にかけ、判断してもらうほかありません。その際には、コンサルティング会社等が提供する勉強会のようなサービスを用いて、「第三者からの独立した意見」というような建付けにすることも有効な手段かもしれません。そうすることで、より専門的な知見も交えながらフェアな判断がしやすくなるうえに、先に述べた発起人のキャリアリスクを軽減する可能性もあります。
「株式はリスクが高く、比較的保守的に運用をおこなってきた我々には馴染まない」
「株式はリスクが高い(債券はリスクが低い)」とよく言われますが、ここでの「リスク」は大きく2種類のリスクを混同して認識されるということがよくあるように思われます。持続的な資産運用を検討していく際には、この「リスク」というものを今一度整理する必要があるでしょう。
端的に言えば、資産運用においては「取らざるを得ないリスク」と「とるべきではないリスク」の2種類を区別して理解し、「取るべきではないリスク」を回避することが重要です。
- 「取らざるを得ないリスク」:市場全体の価格が上下に変動するマーケットリスク
- 「取るべきではないリスク」:株式・債券を含めた全ての個別銘柄が抱える信用リスク(=資産が大きく棄損・無価値化するリスク)
まずはこのポイントを理解し、妥当性をもった形で役職員に説明することができれば、法人関係者の理解が拡がり、債券だけに頼らない持続的な運用への方針転換の糸口となるかもしれません。
「保有している個別の債券の多くは既に評価損を抱えているため、売却損を出して方針転換するのはハードルが高い」
先述の通り弊社では、法人として可能な場合は一部個別債券を売却してでも、ポートフォリオ運用へ切り替えることを推奨しています。その際、場合によっては売却損を出してでもポートフォリオ運用へ切り替えた方が、将来的な法人の資産基盤の強化につながる可能性が高いこともお伝えしています。
しかし、売却損を出してしまうと当然、法人の決算資料に数字として表れてきます。それだけでなく、その前段階では、売却損を出して売却するという役員会決議が必要になってくるため、担当していらっしゃる職員の方の事務負荷はもちろん、担当理事の方を含めた多くの方にとっても心理的な障壁が大きいことです。
ここでの考え方も、リスクを天秤にかけていただく必要があります。短期的に背負うことになる「方針変更のコスト」と「売却損による経済的コスト」、もう一方は、長期的に背負うことになる可能性のある「債券運用を継続することによるコスト」です。
もちろん額にもよりますが、売却損による経済的コストは、切り替え後のポートフォリオ運用から得られる利子配当収入による、数年での回収もそれほど困難ではないと弊社では試算しています。また、売却銘柄を選定し、決算上売却損を出さない形でのポートフォリオ運用への切り替えが可能なケースもあります。一口に個別債券の売却とポートフォリオ運用への切り替えと言っても、法人それぞれの事情を踏まえたオプションは様々あるということを、まずは知っていただければと思います。
まとめ
金利と物価上昇のある世界へと移行しつつある昨今、国内債券を中心とした資金運用を続ける財団法人・学校法人は、従来と同規模の事業を維持することが難しくなる未来が訪れるかもしれません。
ここまで、個別による債券運用からポートフォリオ運用への切り替えを検討するにあたって、財団法人・学校法人の方々から聞かれる声をご紹介しました。併せて、そうした現実的な立場にある方々が今後運用方法の切り替えを進めていくために、どのように考え、アプローチすることが可能かを、大掴みに整理してきました。公益法人の皆様が、より持続的な資金運用および事業運営の方向へ少しずつでも舵を切っていくための手助けとなれば幸いです。