2026.09.16
【財団法人・学校法人のための資産運用入門(18)】ファンドのリターンと投資家のリターンはなぜズレるのか —Morningstar「Mind The Gap(リターンのズレにご注意)日本版2026年」を読み解く—
学校法人・公益法人の資産運用入門梅本 亜南
ファンド自体の成績(トータル・リターン)と、投資家が実際に得た成績(インベスター・リターン)は一致しません。モーニングスターの最新レポートは、この「ギャップ」が対面販売のテーマ型アクティブ・ファンドで特に大きく、パフォーマンスの後追いによって生じることを示しています。証券会社の提案を受けて理事会で売買を決議する公益法人の運用にも、同じ構造があります。ギャップを抑える方法は商品の選び方ではなく、資金の出入りを相場観で決めない判断の仕組みの側にあると、弊社では考えています。
0.はじめに ― 同じファンドを持っていても、得られるリターンは同じではない
運用報告書に載っているファンドの騰落率と、自法人がそのファンドから実際に得た収益率は、多くの場合一致しません。ファンドは同じでも、いつ買い、いつ売ったかによって手元に残る成果は変わるからです。
今回は、モーニングスター・ジャパン社が2026年7月に公表した「Mind The Gap(リターンのズレにご注意)日本版2026年」を、非営利法人の資産運用の観点から読み解いていきます。同社のレポートを扱うのは、「アクティブ・パッシブ・バロメーター」(2026年4月号)、「ファンド費用の予測力」(2026年5月号)に続いて3本目です。前2本が「どのファンドを選ぶか」を扱っていたのに対し、本レポートが扱うのは「選んだファンドをどう保有したか」という、投資家側の行動の問題です。
1.レポートの概要 ― 二つのリターンと、その「ギャップ」
本レポートは二つのリターンを比較します。一つは「トータル・リターン」で、期間の初めに一括投資してそのまま持ち続けた場合の年率収益率です。時間加重の収益率と呼ばれ、運用報告書やランキングで目にするリターンは通常こちらです。もう一つは「インベスター・リターン」で、期間中の資金の出入りを考慮した年率収益率です。金額加重の収益率、あるいは内部収益率と呼ばれ、投資家が実際に得た成果に近い数値になります。
両者の差が「ギャップ」です。レポートは各ファンドの月次の純資金流出入からインベスター・リターンを算出し、これを「平均的な投資家の売買行動を反映したもの」と解釈しています。値上がりした後に資金が集まり、値下がりした後に資金が逃げるファンドでは、平均的な投資家は高く買って安く売ったことになり、ギャップは負になります。
分析対象は日本籍の公募追加型株式投資信託とETFで、確定拠出年金専用やSMA・ファンドラップ専用は除外されています。基準日は2026年6月末、期間は過去3年・5年・10年です。なお、レポートにもある通り、基準日に存続するファンドのみが対象であり、生存者バイアスを含むデータであることに留意が必要です。
2.主な結果 ― 小幅な負のギャップと、アクティブ・パッシブの対照
分析対象全体では、いずれの期間でもインベスター・リターンがトータル・リターンをわずかに下回り、小幅な負のギャップが観測されました。レポートはこの水準を海外市場と比べて限定的だとし、背景としてNISAを通じた定時定額の積立投資の広がりを挙げています。積立投資は価格が下落した局面でも機械的に買付を続けるため、高値掴みや狼狽売りを平準化し、ギャップの振れ幅を抑える方向に働くというのがレポートの見立てです。
公募投信をアクティブ・パッシブに分けると、対照ははっきりします。
図表1|資産クラス、アクティブ・パッシブ別ギャップ(公募投信、2026年6月末基準)
| 資産クラス | 期間 | アクティブ | パッシブ |
|---|---|---|---|
| 株式 | 3年 | -0.6% | +0.6% |
| 株式 | 5年 | -1.1% | +2.4% |
| 株式 | 10年 | -1.1% | +0.9% |
| 債券 | 3年 | -0.1% | +0.1% |
| 債券 | 5年 | -0.2% | +0.3% |
| 債券 | 10年 | -0.3% | 0.0% |
出所:Morningstar「Mind The Gap 日本版2026年」図表5より弊社作成
株式型のアクティブは全期間で負のギャップとなりました。レポートはその背景として、日本では株式型のアクティブ・ファンドが銀行や証券会社の販売員を経由して売られることが多く、テーマ性やストーリー性を重視した単品販売が主体となる傾向を指摘しています。販売員の提案やテーマ性を背景に、上昇局面の後半で新規資金が集中して平均買付価格が高くなりやすく、上昇局面での解約・乗り換えも生じうる。こうした行動がインベスター・リターンを押し下げた可能性がある、というのがレポートの分析です。
カテゴリ別ではこの傾向がより鮮明です。直近5年で分析可能なアクティブ71カテゴリのうち、正のギャップは約3分の1の23カテゴリにとどまり、株式型では34カテゴリ中6カテゴリしかありませんでした。負のギャップが大きかったのは、外国株式の特定テーマ/セクター型、セクター・テクノロジー型、外国株式・インド型といった、特定の地域やテーマに集中するカテゴリです。事例として挙げられたインド株式のインデックスファンドでは、2023年3月の設定から2026年6月までのトータル・リターンが年率11.9%であったのに対し、インベスター・リターンは年率2.8%でした。ファンド自体は年率12%近く上がっていながら、平均的な投資家の手元には年率3%弱しか残らなかったことになります。
一方、パッシブは全期間で正のギャップとなりました。ただし、これはパッシブ投資家の売買が巧みだったことを必ずしも意味するものではありません。世界株・米国株は2021〜2023年に横ばいで推移し、その後に上昇しました。新NISAが始まった2024年以降、パッシブ・ファンドに多額の資金が流入しましたが、その時期がこの上昇局面と重なったことが大きいとレポートは見ています。実際、昨年(2025年3月末基準)のレポートでは、株式型パッシブの5年ギャップは-4.7%と大きな負でした。1年でプラスマイナスが反転したことは、ギャップが資金流入のタイミングに左右されやすいという性質を示していると考えられます。
3.公益法人の資産運用への示唆
本レポートは個人投資家の行動を分析したものであり、法人の売買を直接測定した統計ではありません。それでも、ここで示された構図は、証券会社の提案をもとに運用を行う一般的な公益法人の実務と重なる部分が多いと弊社では見ています。
(1)法人の「売買のタイミング」は、誰が決めているか
法人の運用資金にも、資金の出入りはあります。新たに商品を導入する決議、下落局面で「一旦様子を見る」ための売却、決算期を前にした保有商品の見直し、担当者や役員の交代を機にした入れ替え。こうした判断の一つひとつが法人にとっての資金フローであり、法人自身のインベスター・リターンを形づくっています。
そして、これらの判断の多くは、証券会社の提案を受けて理事会や運用委員会で行われます。提案が持ち込まれるのは、その商品が良好な実績を示した後であることが少なくありません。導入が決まるのは上昇局面の後半、見直しが議題になるのは下落した後。レポートが対面チャネルの特徴として挙げた「パフォーマンス追随」は、個人の心理の問題である以前に、提案と決議という手続きの構造から生じるものでもあります。法人の意思決定は個人より慎重で時間がかかるぶん、この遅れはむしろ大きくなりえます。
(2)見えるコストと、見えないコスト
前回のコラムで見た運用費用は、目論見書に明記され、毎日基準価額から差し引かれる「見えるコスト」でした。本レポートが測っているギャップは、どの書類にも載らない「見えないコスト」です。株式型アクティブの10年ギャップは平均で年率-1.1%と、低コストのファンドと高コストのファンドの費用差に匹敵する水準です。テーマ型のように値動きの大きい商品では、インド株の事例が示すとおり、桁が一つ変わります。費用を0.5%抑える努力をしながら売買の判断で1%を失っているのであれば、法人の運用ガバナンスとして点検すべき優先順位を見直してもよいかもしれません。
(3)「積立をすればよい」という話ではない
レポートは結論で長期・分散・積立を勧めています。ただし、基本財産をすでに保有している法人にとって、毎月の積立という手法がそのまま当てはまるわけではありません。前節で見たとおり、パッシブの正のギャップは上昇局面と資金流入が重なった結果でもあり、下落局面が続けば同じ行動が負のギャップとして表れます。
法人が本レポートから受け取るべきことは、「資金の出入りを、相場観で決めない」という原則だと弊社では考えています。積立投資でギャップが抑えられるのは、買う時期をあらかじめ決めておき、価格を見て判断しないからです。法人がこの原則を実務に落とすなら、個別債券からポートフォリオ運用へ移行する際の時間分散、資産配分が乖離したときのリバランス規則、下落局面で売却を検討する場合の手続きと判断基準を、事前に投資方針書(IPS)に定めておくことがそれに当たります。相場が動いてから議論を始めるのではなく、動く前に決めておく。ギャップを抑える方法は、商品の選び方ではなく、判断の仕組みにあるのではないでしょうか。
4.おわりに
ファンドの運用成果と投資家が実際に得るリターンとの乖離は、多くの場合、売買のタイミングが期待とは逆に働くために生じる。レポートはそう結論づけています。法人の資産運用においてこの乖離を生むのは、担当者個人の相場観ではなく、提案を受けて決議するという手続きそのものです。であればこそ、対策も手続きの側に置くことができます。
良いファンドを選ぶことと、選んだファンドで良いリターンを得ることは、別の仕事です。前2本のコラムで見た「低コストのパッシブ運用を基盤に据える」という方針は前者への答えでした。後者の答えは法人の意思決定の仕組みにある。本レポートが示しているのはそのことだと、弊社では受け止めています。