2026.08.19
【財団法人・学校法人のための資産運用入門(17)】国立大学の共同運用整備の報道に思う(後編)―相乗りできるのは商品であって、体制ではない
学校法人・公益法人の資産運用入門梅本 亜南
国立大学の共同運用構想では、有力大学の投資する商品に他の大学が相乗りする形が想定されていると報じられています。しかし、相乗りで手に入るのは商品へのアクセスに限られます。どれだけのリスクを許容するのか、下落局面で誰がどう説明するのかという意思決定は、商品をどこから調達しても各法人に残り続けます。そして、選択を外部に委ねながら責任だけが自法人に残るというこの構造は、私立学校法人・財団法人の運用の場面にも見られるものであり、決して他人事ではないと弊社では考えています。
0.はじめに——前編の振り返り
前編では、2026年7月12日付の日本経済新聞が報じた国立大学の共同運用構想を題材に、その前提にある「元本保証=安全」という考え方を検討しました。法人にとっての安全とは、財産の名目上の額が変化しないことではなく、法人の事業の継続が脅かされないこと。物価が上昇する世界では、名目の元本保証だけに依拠した運用が、かえって事業を支える実質的な価値を損なっていく——これが前編の結論でした。
前編: 『【財団法人・学校法人のための資産運用入門(16)】国立大学の共同運用整備の報道に思う(前編)―「元本保証=安全」は本当か』
では、実質的な価値を保全する運用へ踏み出すために、法人には何が必要か。同記事によれば、共同運用が可能になることで、有力大学の投資する商品に他の大学も相乗りし、運用力を底上げすることができるとされています。後編である本稿では、この「運用力」という言葉を手がかりに考えていきます。
1.「運用力」とは何か
東京大学は運用資産600億円超を擁し、専門人材を招いて未公開株などへの積極的な投資を行っています。一方、地方を中心に8割の大学は資産額が50億円を下回り、専門人材を確保できないためにリスク性資産への投資に踏み出せない(日本経済新聞2026年7月12日付報道による)。ここで運用力の中身として想定されているのは、専門人材の有無と、投資できる商品の幅です。
たしかに、優れた人材が優れた商品にアクセスできることは、運用にとって有利な条件です。ですが、弊社が財団法人・学校法人の運用の現場で見てきた限り、法人の運用の成否を分けてきたのは、銘柄選定の巧拙ではありません。決めた方針を相場の局面ごとに場当たりで覆さなかったか、担当者や役員が交代しても同じ基準で判断し続けられたか、という意思決定の一貫性です。方針そのものは、事業や環境の変化に応じて見直されてよいものです。ただしその見直しも、決められた手続きを踏んで行われることに意味があります。
この点は、以前のコラム『【財団法人・学校法人のための資産運用入門(9)】法人の資産運用関係者が持つべき視座』で詳しく扱いました。個々の商品を選ぶ行為が「点」だとすれば、何のために、どこまでのリスクで、どういう基準で選び、持ち続け、手放すのかを定めた仕組みは「線」です。点をいくら集めても、線にはなりません。
2.相乗りで手に入るもの・手に入らないもの
相乗りという方法で手に入るものは、はっきりしています。有力大学が吟味した商品へのアクセス、資金をまとめることによる規模の経済、そして専門人材による分析の恩恵です。いずれも、単独の法人ではなかなか得られないものであり、この構想が多くの大学にとって前進であることは疑いありません。
一方で、相乗りしても手に入らないものがあります。自法人がどれだけのリスクを許容するのかという決定。資産配分を自法人の事業計画とどう整合させるのかという判断。そして、下落局面で理事会・評議員会・監督官庁にどう説明するのかという責任です。
商品を選ぶのは有力大学でも、その商品で損失が出たとき、自学の理事会に説明するのは相乗りした側の各大学です。商品を選んだのが誰であっても、決算書に損失を計上するのは自法人なのです。選択の主体と説明の主体が分かれるこの構造をどう扱うかが、共同運用という仕組みを実際に使ううえで最も難しい論点になると弊社では見ています。
3.同じ構造は、規制のない法人にも既にある
私立学校法人や財団法人に、こうした相乗りの仕組みが提供されているわけではありません。ですが、選択を外部に委ね、責任だけが自法人に残るという構造そのものは、規制のない法人の運用にも既にあります。
金融機関に運用をお任せする、提案された商品を提案されたとおりに購入する、他の法人も持っているからという理由で同じ商品を買う。いずれも、選ぶ主体は外部にあり、説明する義務は自法人に残ります。
実際に、こんな商品の提案を目にしたことがあります。大手証券会社が法人向けに用意しているパッケージ型のファンドで、期待利回りの水準に応じて複数の型が設計されており、型を一つ選べば、資産配分もその後の配分調整も一括で提供されるというものです。商品としてはよく考えられています。分散も費用体系も、単独の法人が自力で組むより整っているかもしれません。ただ、この設計の中で法人に残されている判断は、「どの型を選ぶか」の一点です。そして、どの型が自法人の事業と支出の構造に合っているのかを判断する材料は、商品側からは出てきません。どれだけのリスクを許容するかという法人にとって最も重い決定が、型選びという商品選択に姿を変えて、そこに置かれているのです。
型を選ぶ根拠を自法人が持っていなければ、その選択は、提案側の推奨に従う以外にありません。これは、有力大学の選んだ商品に相乗りする構図と、本質的に同じものです。今回の報道は、遠い制度の話に見えて、実のところ自法人の意思決定の話でもあります。
4.外部の力を借りるときの原則
外部の専門性を活用すること自体は、否定されるべきものではありません。むしろ、2024年8月に公表されたアセットオーナー・プリンシプルの原則2は、自らに不足する知見を外部人材や外部機関で補うことを求めています(この点は『【財団法人・学校法人のための資産運用入門(4)】アセットオーナープリンシプルの公表と非営利法人の資産運用④』で扱いました)。
丸投げと活用を分けるのは、委ねる範囲を自法人が定義しているかどうかです。
以前のコラム『基礎シリーズ 資産運用と投資アドバイスの「いろは」(6) 公益法人の運用ガバナンスとアクティブ運用・パッシブ運用』で述べた原則は、二つです。運用の内容は、法人の関係者が理解可能な範囲に留めること。そして、常識的・合理的に説明可能な状態を保つこと。外部に委ねる場合も、この二つを手放してはならないというのが弊社の考えです。報道にある未公開株のような資産であれば、流動性や評価の透明性という固有の論点も加わります(『【財団法人・学校法人のための資産運用入門(10)】プライベートアセット』参照)。
5.おわりに——仕組みを待たず、方針を先に
国立大学には保有資産の規制があり、共同運用に踏み出すには国による制度整備が必要でした。制度の詳細は今後の公表を待つ必要があり、本稿の記述は2026年7月時点の報道に基づくものです。
一方、私立学校法人・財団法人には、整備を待たなければならない制度がありません。自法人は何のために運用するのか。どこまでのリスクを、誰の判断で許容するのか。下落局面では、誰がどう説明するのか。これらを文書として定めたものが投資方針書(IPS)であり、その整備は今日からでも始められます。
共同運用のような仕組みが広がり、商品へのアクセスが容易になる時代ほど、商品の手前にあるこの「線」を自前で引いておくことの価値は高まっていきます。今回の報道は、国立大学以外の法人にとっても、そのことを確認する機会になると弊社では受け止めています。