2026.07.14
【財団法人・学校法人のための資産運用入門(16)】国立大学の共同運用整備の報道に思う(前編)―「元本保証=安全」は本当か
学校法人・公益法人の資産運用入門梅本 亜南
国立大学の資産運用は原則として元本保証のある国債等に限られてきましたが、政府が複数の大学による共同運用の仕組み整備に動き出したと報じられています。その背景には、物価が上昇する中で「元本保証」資産の実質的な価値が目減りしていくという現実があります。「安全」とは、何を保証することなのか。株式・不動産の保有に規制のない私立学校法人・財団法人にとっても、自法人の「安全運用」を見つめ直す機会となる報道であると弊社では捉えています。
0.はじめに
2026年7月12日付の日本経済新聞にて、「国立大学が共同で株などに投資、地方大の資金確保 政府が仕組み整備」と題した記事が報じられました。
参考記事: 『国立大学が共同で株などに投資、地方大の資金確保 政府が仕組み整備』日本経済新聞 2026年7月12日
同記事によれば、国立大学は全国に85法人あり、現預金を除く運用資産の合計は約4000億円にのぼります。その運用は原則として、元本保証のある国債や地方債などに限られています。株式や不動産などのリスク性資産へ投資するには、学外の人材を含む専門委員会の設置や倫理規定の策定、文部科学大臣の認定といった条件を満たす必要があります。このため、実際にリスク性資産へ投資できているのは約20の大学にとどまっていたとのことです。政府は、複数の大学が共同で運用できる仕組みの整備を2026年度中にも進める検討に入ったと報じられています。
今回はこの報道を前後編に分けて取り上げます。これまでのコラムでも再三触れてきたテーマではありますが、前編である本稿では、この制度の前提にある「元本保証=安全」という考え方そのものについて、今回の報道を機に改めて考えていきたいと思います。
1.なぜ「国債等」に限られてきたのか
まず確認しておきたいのは、結果として妥当性について議論はあるものの、国立大学の運用が元本保証資産に限定されてきたことには、相応の理由があるという点です。国立大学の資金の源泉は、国からの運営費交付金や学生からの授業料、すなわち広い意味での「他人資本」です。預かった資金を毀損させないこと、そのために名目元本の保証された資産で保有すること——この制度思想は、一つの誠実な考え方として理解できるものです。
そして、この「元本保証=安全」という考え方は、国立大学に固有のものではありません。株式・不動産の保有についてこうした規制のない私立学校法人や財団法人においても、保有資産の大半を現預金や国債、あるいは「元本保証」をうたう預金商品に置いてきた法人は少なくないはずです。規制があるから国債等で保有してきた国立大学と、規制がないものの同様の資産構成を選んできた私立の法人とは、実は同じ考え方を共有してきたと言えるのです。
実際、学校法人については、この傾向がはっきりと数字に表れています。日本私立学校振興・共済事業団の集計(令和7年度・令和6年度決算、656法人)によれば、大学・短期大学等を設置する学校法人の運用対象資産約10兆2千億円のうち、現金預金が41.2%、債券が42.8%と、両者で8割超を占めています。株式は2.4%、投資信託は7.4%にすぎません。しかも、運用対象資産10億円未満の法人では現金預金の比率が約7割に達しており、規模の小さな法人ほど「元本保証」への傾斜が強いのです。「地方を中心に8割の大学は(資産額が)50億円を下回る」という同記事の国立大学の描写と、よく似た構図がここにもあります。
また、財団法人・社団法人についても、中央省庁の外郭団体や、地方自治体・地方公共団体などと関係の深い法人では特に顕著に、この前提を崩さずに運用を行っているケースを散見します。
2.「元本保証」資産が抱える懸念——記事自身が指摘していること
同記事には、こんな一節があります。約4000億円の運用資産について、「物価が上がる中で目減りする懸念がある」。
名目上は1円も減らないはずの元本保証資産が、「目減りする」。この一見矛盾した表現にこそ、これまでのコラムで検討し、また本コラムでも今一度考えたい論点が集約されています。
この点は、以前のコラム『【財団法人・学校法人のための資産運用入門(11)】インフレ環境下における債券運用の名目リターンと実質リターン』で詳しく扱いました。年率2%程度の物価上昇が続く社会では、額面100億円の運用元本は、額面としては100億円を維持し続けるものの、そのお金で購入できるモノやサービスの量、すなわち実質的な価値は年々確実に減っていきます。学校法人・財団法人の支出の実態に引き付ければ、校舎の修繕費、人件費、研究や助成にかかる費用は物価に連動して膨らんでいく一方で、名目額の固定された資産と、そこから生じる固定された利息では、同じ規模の事業を賄えなくなっていくということです。
もちろん、この先も物価上昇が続くことが保証されているわけではありません。ですが、直近3年にわたり年3%前後の物価上昇が続いてきたという事実、そして日本銀行が年2%の物価上昇を政策目標として掲げているという事実を踏まえれば、「物価は上がらない」ことを前提に置いた資産の管理は、それ自体が一つの将来予測に賭ける選択になりつつあると言えるのではないでしょうか。
3.「安全」の定義に立ち返る
そもそも、法人の資産運用における「安全」とは、何を指すのでしょうか。
弊社では、法人にとっての安全とは、財産の名目上の額が変化しないことではなく、「法人の事業の継続が脅かされないこと」であると考えています。
財団法人にとっての助成や啓発の事業、学校法人にとっての教育・研究の事業。これらを現在から将来にわたって続けていくことこそが法人の使命であり、保有する資産はそのための原資です。だとすれば、守るべきは額面の数字そのものではなく、事業を支え続けられるだけの実質的な価値のはずです。
「価格」の保証と「価値」の保全は、別のものです。1億円で購入した資産が何年後かに1億円で戻ってくることは、価格の保証ではあっても、価値の保全ではありません。物価が上昇する世界では、この二つのずれは年を追うごとに広がっていきます。「元本保証=安全」という考え方は、物価が動かなかった時代にはおおむね成立していました。しかしインフレが定着しつつある今、名目の元本保証だけに依拠した運用は、「事業の継続」という法人にとっての本来の安全を、毎年少しずつ、確実に損なっていくものになっているのです。
国が国立大学の運用の仕組みを見直そうとしている背景には、こうした「安全」の定義の更新があるものと弊社では受け止めています。
参考: 『基礎シリーズ 資産運用と投資アドバイスの「いろは」(7) 財団法人・学校法人にとって適切な運用目標と様々な運用手法との整合性①』
4.おわりに——株式・不動産の保有規制のない法人への問い
国立大学には保有資産についての規制があり、だからこそ、国が制度を整備する必要がありました。翻って、私立学校法人や財団法人の多くには、そうした規制はありません。つまり、誰かが仕組みを整えてくれるのを待つ必要も、待つ理由もない、状況の改善に向けて舵を切りやすい立場にあると言えます。
名目の額ではなく、事業を支える実質的な価値の維持を目的に据え、資産運用を捉え直す必要があると弊社は考えています。
後編では、同記事の描く「有力大学の投資する商品への相乗り」という共同運用の構想を手がかりに、法人が実質的価値を保全する運用へ踏み出すときに本当に必要なものは、商品なのか、それとも体制なのか。この点を考えていきたいと思います。